「そんなワケありの社員がいるなんて知ったら、速攻であなたはクビになるでしょうね。ご両親も悲しむわね」クスクス笑って勝ち誇ったような表情を見せてくる。「あなたが大樹に近づいた罰。大樹はあたしと結ばれる運命なの。世間の人だってそう思っているし、応援してくれていると思う」自信満々に言われると、何も言い返せない。たしかに大くんにお似合いなのは寧々さんだ。情けない気持ちを押し殺しつつ、冷静に考える。でも、本当に寧々さんにそんなに力があるのだろうか。「寧々さんはすごい人かもしれませんが……」「それがね。できちゃうんだなぁ。あたしのパパの力を使っちゃえばなんでもできるの」余裕たっぷりに笑っているけど、この人、悪魔だ。「どうして過去のことも知ってるんですか?」「大樹をビックにしたのは、あたしだから。パパにお願いしたの。もちろん、大樹にもCOLORにも売れる要素があったから、パパは動いてくれたんだけど」大くんを売り出すために、動いてくれた人……なんだ。きっと、寧々さんは早くから大くんを知っていて、近くで見ていて……芸能人としての彼だけじゃなく男性としても好いていたんだ。私と同じだ。でも、立つ土俵が違う。「あなたと大樹が結ばれても何もいいことはない。大樹がとあなたと結ばれたら、マスコミは一斉にあなたを徹底的に調べるのよ。そうしたら、過去のスキャンダルでバッシングの嵐になるでしょうね。COLORも衰退してCOLORの所属する事務所のタレントにも傷がつく。わかる?」その通りだ。それを理解したつもりで大くんと歩んでいく道を選んだのだ。でも、今すごく不安で怖い。押しつぶされてしまいそう。「それにね。大樹はあなたを好きじゃない。償いで一緒にいるんだと思う。大樹は、私のことが好きなのよ」「そんなはずないです」だって。大くんからは、愛を感じた。あれは、嘘偽りじゃないと思う。「大樹をこれ以上苦しませないであげて。もう会わないで」「……今すぐにはお約束できません。大くんのことが、大好きなんで……」私はもう逃げたくないと思って言い返した。過去は子供だったから大人の意見を聞かなければ駄目だと思っていたけど、今は違う。自分の気持ちで自分の生き方を決めていかなければいけないのだ。「…………降りて」「え……」「早く、降りて」怒鳴られて私は慌てて車から降りた
+毎日のように連絡をくれていたのに、ここ一週間大くんは連絡をくれない。忙しいのかもしれないと思って私からも連絡を入れずにいた。残業をしながら、ふーっと息を吐く。どうしちゃったんだろう。会いに行きたいけど寧々さんに会ってしまうかもしれない。ちゃんと大くんに、話したいと思っているのに勇気が出なくて連絡できずにいる。残業を終えて電車に乗ると、ホテルの広告が出ていた。もうすぐクリスマスだからホテルでディナーをと書かれている。いいな……大くんと一緒に過ごせたら幸せだろうな。こんなに好きなのにどうして我慢しなきゃいけないのかな。自分の家の前に着くと高級外車が停まっていた。「今度は一体、今度は誰?」小さな声でつぶやいた私が近づくと車の窓が開いた。「美羽さん」中から声をかけてきたのは、大澤さん――大くんの事務所社長だった。家まで調べられたのか。「お久しぶりね」「こんにちは」「夜遅くにごめんなさい。少しお話できないかしら?」「…………大樹さんのことですか?」「ええ。寒いから乗って」助手席に乗り込むと、大澤さんは相変わらず美しい。少し年齢を重ねた感じはあるけれど、あまり変わっていなくて昔のままだった。「十年かぁー。またあなたと大樹が再会するなんてね。驚いちゃったわ」座り心地のいいシートは、さすが高級外車という感じだ。どこのメーカーかはわからないけれど……。車の中にはクラシックが流れている。仕事が終わったばかりの私は疲れきっていた。「あの時は別れを決断してくれてありがとう。そのおかげで大樹は不動の地位を手に入れることができて、事務所も安泰なのよ」「いえ」「悲しい思いをさせてしまったことは謝るわ。私もあれから恋愛をして結婚をして子供も授かったの。自分が幸せになっていくたびにあなたへの罪悪感が出てきてね。気にはしていたのよ。どこかで幸せになっていてほしいなと願っていたわ」雨まじりの雪が降ってきて、フロントガラスを濡らしていく。「宇多寧々さんからいろいろ聞かされるまで、美羽さんと大樹が会っていることは知らなかった。大樹も年齢を重ねたし結婚をすることは賛成なの。ただね、芸能人ってイメージが大切でしょう? だから、有名モデルの寧々さんと結婚となるといい話題づくりになるし賛成しようと思ってたのに。大樹はあなたに会って償いの心が芽生え
「女は過去に愛されていた人に会うと、また愛されたいって思ってしまう生き物なのよね」優しそうに笑って私を見つめる。「スキャンダルが出て過去を知られることになったら、大樹もあなたも、美羽さんの家族も辛い思いをすることになるわ。過去よりも明らかにマスコミの情報収集力は上がっている。気をつけたほうがいい。あなたと大樹は交わらないほうが幸せになれるはずよ」「申し訳ありませんが……今回ばかりは離れたくないです」「……そう」「失礼します」まだ話をした方だったが私は車から降りた。大澤さんと別れて部屋に入りスマホを見つめる。――大くん、どうして連絡くれないの?不安で涙がつい溢れる。ご飯も食べたくなくてカーペットに崩れるように座ると、涙がボロボロと溢れてきた。もう、嫌……。耐え切れないよ……。スマホを握って電話をかける。「もしもし」『どうしたの? 泣いてるの?』「もう……駄目かもしれない」私が電話をした相手は全てを知っている真里奈だった。『……どうして、美羽ばかり辛い目に合うのかな。芸能人と一般人の恋愛は難しいかもしれないね。それに加えて美羽と彼には過去があるから……。償いで美羽に近づいたのかな。そうは思えないけど』「どうして連絡がないのかわからなくて……」『事務所か宇多寧々に邪魔されてるのかな。美羽、無理することないよ。美羽のタイミングで会いに行って、ちゃんと話しておいで』「うん」真里奈に話を聞いてもらえて少しだけ……心が軽くなった。でも、会いたくて会いたくてたまらなかった。大くん、どうして連絡くれないの?電話を切ってそっとカーペットに置く。「あ、思い出した」寧々さんと過去にも会っていたことを思い出したのだ。小桃さんにカラオケに連れて行ってもらった時、大くんと寧々さんは一緒にいたんだよね。私と同じ頃に出会っていたのか。なのに、なかなか手に入らなくて執着しているのかもしれない。寧々さんは手強い相手だ……。勝てる自信がないよ。はなのしおりをぎゅっと抱きしめる。「はな……。ママはどうしたらいいのかな」
+土曜日の朝、ぼんやりする頭のままベッドに入っていると、チャイムが鳴った。朝から誰だろうか。ヨロヨロと立ち上がり歩いて玄関を開けると、母だった。「お母さん……」「美羽」厳しい表情をしている母は中へ入ってきた。何かあったのだろうか。座布団に座った母にお茶を出す、「来るなら来るって言ってよ。何も用意してないよ。残業続きで疲れちゃっていて眠ってたの。なかなか帰らなくてごめんね」ペラペラ話す私をじっと見つめていた母が眉間にシワを寄せながら苦い顔をしている。「うちに手紙が届いたの。美羽と紫藤さんがふたたび会っているようだ。過去のことをマスコミに流すって……。本当なの?誰がこんなこと。せっかく美羽は就職して立派にやっているのに」苦しそうな声で言う母を見ると、罪悪感が襲ってきたけど堂々としようと心の中で決意して口を開いた。「大くんとは……仕事で再会したの。私の会社の商品のイメージキャラクターになって、撮影に同行したの」「会っているって、本当だったのね」悲しそうな表情をされると胸が痛い。「はじめは関わらないようにしていたんだけど、私が一方的に大くんに会いたくなってしまって……」大くんは、私を愛してないかもしれないのに、どうしてか大くんをかばってしまう。気持ちを落ち着かせるためにお茶をひと口飲んで、母を見ると考え込んだ表情だ。気まずくなって外を見ると曇り空でますます気持ちが落ち込んでしまう。「大くんは悪くないの。私が近づいたから何度も会うことになってしまって。悪いことをしてると思ったけど、どうしても大くんのことが好きなの。あの人以外の男性とは一緒に過ごせないと思う。立派な大人なのにワガママばかりごめんね」母は、深く息を吸い込んだ。親不孝な娘でごめんなさいと心から反省する。もうアラサーなのに結婚もしないで、きっと心配しているだろう。早く落ち着いてほしいと願っているに違いない。「お父さんとお母さんにまで迷惑をかけて申し訳ないと思ってるよ。親孝行の一つもできなくて情けない娘だよね」「美羽は、お母さんの大事な娘よ。情けないなんてそんなこと絶対にない」深すぎる母親の愛情にポロッと涙が落ちてしまった。母は怒ったり注意したりするけれど、いつも最後は見守ってくれるのだ。私を信じてくれる。「……もう大人だから、美羽が自分の人生を決めなさい
COLORのCM企画が白紙になったのは、自分の責任だと感じていた。そこでデザイナーである小桃さんにお願いすることを思いついて、社内に企画を出すと通った。今は日本にいるらしい。小桃さんがデザインをしている休息タイムにフルーツゼリーを食べているという企画案だった。「問題はアポ取りなんだけど」頭を悩ませている杉野マネージャー。「実は友人なんです」「初瀬は顔が広いなー」杉野マネージャーに言われた。その夜、小桃さんに会う約束ができて私と杉野マネージャーと千奈津で指定されたホテルに会いに行くと、スイートルームに滞在中だった。今日は真っ赤なブラウスと黄緑色のフレアースカートと奇抜なファッションを着こなしている。返事は「オッケーイ」だった。仕事のスケジュールも自分で決めているようなのでなんとでもなるらしい。「じゃあ契約は受けるから美羽ちゃんと二人きりにして。いろいろ話したいことがあるからー」杉野マネージャーと千奈津を追い出してしまった。シャンパンを注いでくれる小桃さん。「で、いろいろ話すことがあるでしょ?」「………まあ」「紫藤大樹との過去。教えなさいよ」小桃さんは軽い感じで変わった性格をしているけど、信用はできる人。だから、全てを打ち明けたの。「宇多寧々が絡んでるのね。あの子可愛いのに性格がおブスなのよ。なんかされたらやり返してあげる。でもね、あの子……自分に自信がないだけだと思うの」「あんなに綺麗なのに?」「ええ。でも、それと美羽ちゃんの恋愛を邪魔するのは別問題なんだけどね」憎くて怖くて悪魔のような人だと思っていたのに、そんなに心が弱くて傷つきやすい人だと知った。素直に彼女にも幸せになってもらいたいと思った。
大樹side「元気、ないみたいだけど。何かあった?」楽屋で待っていると池村マネージャーが話しかけながら、コーヒーを用意してくれる。「そうかな。気にかけてくれてありがとう」コーヒーを受け取ってスマホを見るが美羽からの連絡はない。お風呂場で愛した次の日の朝、目を覚ますと美羽は消えていた。俺に言葉をかけずに、だ。一日くらい連絡がないのは仕方がないだろうと思いつつも、美羽からいつメールが来るかいつ電話が来るのかと待っていた。でも、いつまで経っても連絡がない。「疲れましたか?」「いや、気にしないで。さて、今日も収録頑張ってくるか」クリスマスやらお正月などの特番の収録が多い時期で仕事はいつも以上に忙しくなっていた。――美羽は、俺が男として機能しないから、連絡をしてくれないのだろうか。美羽はおそらく子供を産みたいと考えているだろう。だから、俺がこういう状態だと知って一気に熱が冷めてしまったのかもしれない。そんなことを考えつつスタジオに向かう。どんなに辛いことがあっても夢を与える仕事だ。俺は一回一回、心を込めて仕事をしていく。司会者である俺が、最後にスタジオに入ると、大きな拍手で迎えてくれた。今が旬のタレントがひな壇を飾っている。「よろしくお願いします」お客さんとタレントに挨拶をした。「では撮影入りまーす」アシスタントディレクターの号令で番組観覧に来ている人たちが拍手をする。そして、俺は元気よく司会進行していく。「さぁ、はじまりました! クリスマススペシャル!」仕事は楽しい。こうして今仕事をしていられるのも、事務所の力だったり、いいプロデューサーに出会えたからだ。その中には寧々の存在もある。寧々の父親は大物プロデューサーで今はテレビ局の役員まで務めている力ある人だ。テレビ業界は横の繋がりは本当に大事なのだが、それにビクビクしながら働くのはどうなのかと疑問を持っていた。もっと応援してくれる人達を信じるべきなんじゃないか?
撮影を終えると、夜も遅かったのに大澤社長に呼び出された。何かあったかなと考えつつ裏から出るとファンが出待ちをしていた。「大樹!」声援を送ってくれる中、手を振りながら車に乗り込んだ。池村マネージャーと事務所に向かう車の中で、いつもと雰囲気が違うのを感じていると池村マネージャーが小さな声で語りはじめた。「あなたの過去を聞きました。先ほど、収録中に社長から電話があって」「そう。その件で社長は話があるのかな」「おそらく、そうだと思います。……紫藤さん」「ん?」流れる景色を見ている俺に池村マネージャーが切羽詰まった声で呼ぶ。「愛しているのですか?」「……うん」だけど、一方通行な思いなのかもしれない。「どうして彼女なんですか?」「運命の人なんだよ。池村もいつか出会うよ」「運命なんてあるのでしょうか?」池村を見ると怪訝そうな表情だ。美羽、会いたい。どうか、俺に連絡をくれ。そんな気持ちが胸を支配していた。事務所に到着して社長室に入るとメンバーと社長がいた。ソファーに腰を下ろすと、社長は近づいてくる。「大樹、お疲れ様」もう時計は深夜を回ろうとしていた。今日話さなければいけないことなのだろうか。俺の目の前に社長が座り、赤坂は社長のデスクに軽く腰をかけこちらを見ていて、黒柳は社長の隣に座っている。赤坂と黒柳のマネージャーはいなかったが、池村はドアの近くにまっすぐと立っていた。「またあの子に会ってるのね。宇多さんから連絡が入ったの。これからも仕事を続けていきたいなら、会うのはやめなさい。過去のことは誰にも言えない秘密なのよ」「…………」俺は唇を噛みしめる。美羽のことは命をかけてでも守りたい。でも、美羽の心はどこにあるのだろう。「あなたは芸能人なのよ。芸能人は結婚という大事な転換期をプラスに変えていく必要がある。COLORだってもういい大人よ。結婚や恋愛は反対する時じゃないと思っているわ。しかし相手が問題なの」俺をなだめるような言い方をする。「社長には感謝してます。無名だった俺らをここまで育ててくださった恩人です。でも、ビジネスのために結婚や恋愛する相手を選ぶのは賛同できません」「宇多さんは業界でも力がある人なの。その娘に好かれているってどういうことかわかってるの?」社長はイライラしはじめてタバコに火をつけた。ふーっと煙
「どちらかというと俺が惚れ込んでるんです。俺にはアイツしかいない」真剣な一言に社長室はシーンとなる。そして、黒柳がゆっくりと口を開く。「大樹がそんなに必死になるなんてな。笑える。解散はしたくない。だから、大樹があの子を選ぶなら俺と赤坂は応援するしかないと思う」その言葉に驚いて黒柳を見ると不安そうだけど優しい目をしていた。「俺らだって人間だし、一般人の子を好きになることもあるから……」「まあな」赤坂が言うと社長は眉尻を下げた。「過去に悲しい思いをさせて悪かっただと思ってたんだ」黒柳が言うと赤坂もうなずいた。「あなたたちが結束すると……強いのよね」半分諦めたような言い方だった。「ただ……美羽は俺のことをどう思っているかわからないから……」「どうして、そんなこと思うの?」俺の次の言葉にみなの視線が集まる。「素直に打ち明けますね。美羽と別れてから……男として機能しないんです」正直に告げると皆、息を飲んだようだ。隠す必要は何もない。誰にも言えなかったからスッキリした。「そうだったの……」社長は深刻そうな顔をして立ち上がって窓際まで歩いて行く。「俺はそれでも一緒にいたいけど、美羽は年齢的なことも考えて子供を作れる人と結婚したいと思っているかもしれない。そうだったとしたら、俺は一生独身でいるつもりです」自分の意志は固い。誰に何を言われようが気持ちは曲げないつもりでいる。「地位を手に入れた代わりに、深い傷を負ってしまったのね」社長の悲しそうな声が耳に届いた。池村はうつむきがちに黙って立っている。「遅くまでお疲れ様。また話し合いをしましょう」
「赤坂さんのことが好きでも……両親の言うことを聞かなきゃって思って」「ってかさ、なんで早く言わなかったんだ?」苛立った口調に怖気づきそうだった。「考えて悩んで……私もそう思ったから。それに、これ以上迷惑をかけちゃいけないって思ったの」「迷惑だと? ふざけんじゃねぇぞ」乱暴に私を抱きしめた。赤坂さんの胸に閉じ込められる。かなり早い心臓の音が聞こえてきた。「俺のこと信じろって」「赤坂さん。ごめんね」「バカ」涙があふれ出し、私は赤坂さんにしがみついた。赤坂さんはもっと強く私を抱き止めてくれる。「でも、好きな気持ちには勝てなかったの」「………」体を起こしてキスをされた。すごく優しいキスに胸が疼く。私のボブに手を差し込んで熱いキスに変わっていく。舌が絡み合い、濡れた音が耳に届いた。唇が離れると赤坂さんは今までに見たことない瞳をしている。「久実、愛してる」「……私も、赤坂さんのことが好き」「俺もだ」「今まで本当にごめんなさい」「大好きっ、赤坂さん、大好き」「うん。俺も」私も赤坂さんのために自分のできる限り尽くしたいと思った。守ってもらうだけじゃなくて、守ってあげたい。頭を撫でられて心地よくなってくる。「両親に認めてもらえるように……頑張るから」赤坂さんはつぶやいた。だけど、すごく力強い言葉に聞こえた。「近いうちに会いに行きたい」「うん………」「やっぱりさ、思いをちゃんと伝えて理解してもらうしかないから」「そうだね……」「俺はどんなことがあっても久実を離さないから。覚えてろよ」頼もしい赤坂さんに一生着いて行く。私は赤坂さんしか、いないから。きっと、大丈夫。絶対に幸せになれると思う。私は赤坂さんのことが愛しくてたまらなくて、自分から愛を込めてキスをした。エンド
そして、四日になった。前日から緊張していてあまり眠れなかった。化粧をして髪の毛をブローした。リビングにはお母さんがいて、テレビを見ていた。「友達と会ってくるね」「気をつけてね」「行ってきます」家を出ると、まだ午前の空気は冷たくて、身震いした。手に息を吹きかけて温める。電車に向かって歩く途中も緊張していた。ちゃんと、思いを伝えることができるといいな……。赤坂さんに恋していると気がついたのはいつだったんだろう。かなり長い間好きだから、好きでいることがスタンダードになっている。できることなら、これから一生……赤坂さんの隣にいたい。マンションに到着し、チャイムを押すとオートロックが開いた。深呼吸して中へ入った。エレベーターが速いスピードで上がっていく。ドアの前に立つといつも以上に激しく心臓が動いていた。チャイムを押すと、ドアが開いた。「おう」「お邪魔します」赤坂さんはパーカーにジーンズのラフな格好をしているが、今日も最高にかっこいい。私は水色のセーターとグレーの短めのスカート。ソファーに座ると温かい紅茶を出してくれて隣にどかっと座った。足はだいぶ楽になったらしくほぼ普通に過ごせているようだ。「久実が会いたいなんて珍しいな」「うん……。話したいことがあって」すぐに本題に入ると、空気が変わった。赤坂さんに緊張が走っている感じだ。「ふーん。なに」赤坂さんのほうに体ごと向いて目をじっと見つめる。何から言えばいいのか緊張していると、赤坂さんはくすっと笑う。「ったく、何?」緊張をほぐそうとしてくれるところも優しい。赤坂さんは人に気を使う人。「私……、赤坂さんのことが好きなんです」少し早口で伝えた。赤坂さんは顔を赤くしているが、表情を変えない。「うん……。で?」「好きなんですけど、交際するのを断りました。その理由を話に来たんです」「……そう。どんな理由?」しっかり伝えなきゃ。息を吸って赤坂さんを見つめた。「両親に反対されています」「え、なんで?」「赤坂さんは恩人ですから……。 だから、対等じゃない……から……」頭の後ろに片手を置いて困惑した顔をしている。眉間にしわを寄せて唇をぎゅっと閉じていた。
年末になり、赤坂さんは仕事に復帰した。テレビで見ることが多くなり、お母さんと一緒に見ていると気まずい時もあった。四日に会う約束をしている。メールは毎日続けているが会えなくて寂しい。ただ年末年始向けの仕事が多い時期だから、応援しようと思っている。私も年末年始は休暇があり、仕事納めまで頑張った。そして、両親と平凡なお正月を迎えていた。こうして普通の時を過ごせることが幸せだと、噛み締めている。今こうしてここにいるのも赤坂さんと両親のおかげだ。心から感謝していた。『あけましておめでとうございます。四日、会えるのを楽しみにしています』赤坂さんへメールを送った。『あけおめ。今年もよろしくな。俺も会えるの楽しみ』両親が反対していることを伝えたら赤坂さんはどう思うだろう。不安だけど、しっかりと伝えなきゃいけないと思った。
「……美羽さん。ありがとうございます」「ううん」「私も赤坂さんを大事にしたい。ちゃんと話……してみます」「わかった」天使のような笑顔を注いでくれた。私も、やっと微笑むことができた。「あ、連絡先交換しておこうか」「はい! ぜひ、お願いします」連絡先を交換し終えると、楽しい話題に変わっていく。「そうだ。結婚パーティーしようかと大くんと話していてね。久実ちゃんもぜひ来てね」「はい」そこに大樹さんと赤坂さんが戻ってきた。「楽しそうだね」大樹さんが優しい声で言う。美羽さんは微笑んだ。本当にお似合いだ。「そろそろ帰るぞ久実」「うん」もう夕方になってしまい帰ることになった。「また遊びに来てもいいですか?」「ぜひ」赤坂さんが少し早めに出て、数分後、私もマンションを出た。赤坂さんとゆっくり話すのは次の機会になってしまうが、仕方がない。本当は今すぐにでも、赤坂さんに気持ちを伝えたかった。二日連続で家に帰らないと心配されてしまうだろう。電話で言うのも嫌だからまた会える日まで我慢しようと思う。私は、そのまま電車に向かって歩き出した。
急に私は胸のあたりが熱くなるのを感じた。「占いがすべてじゃないし、大事なのは二人の思い合う気持ちだけど。純愛って素敵だね」私が赤坂さんを思ってきた気持ちはまさに純粋な愛でしかない。「一般人と芸能人ってさ……色んな壁があって大変だし……悩むよね。経験者としてわかるよ」「…………」「でも、好きなら……諦めないでほしいの」好きなんて一言も言ってないのに、心を見透かされている気がした。涙がポロッと落ちる。自分の気持ちを聞いてほしくてつい言葉があふれてきた。「赤坂さんに好きって言ってもらったんですけど、お断りしたんです」「どうして……?」「心臓移植手術が必要になって、多額な金額が必要だったんです。赤坂さんが費用を負担してくれて私は助かることが出来ました。両親が……」言葉に詰まってしまう。だけれども、言葉を続けた。「対等な関係じゃないからって……。お父さんが、財力が無くてごめんと言うので……」「ご両親に反対されてるのね」深くうなずいて涙を拭いた。「私を育ててくれた両親を悲しませることができないと思いました。それに、健康じゃないので赤坂さんに迷惑をかけてしまうので」うつむいた私の背中を擦ってくれる美羽さん。「そっか……。でも、赤坂さんは、誰よりも久実ちゃんの体のことは理解した上で好きって言ってくれたんじゃないかな」「…………」「赤坂さんに反対されていることは言ったの?」「いえ……」「久実ちゃんも、赤坂さんを大事に思うなら。赤坂さんに本当のことを言うほうがいいよ。赤坂さんはきっと傷ついていると思う。好きな人に付き合えないって言われて落ち込んでるんじゃないかな」ちょっときついことを言われたと思った。だけど、正しいからこころにすぅっと入ってくる。美羽さんは言葉を続ける。「久実ちゃんがね、手術するために日本にいない時に……。さっきも言ったけど、私、大くんと喧嘩しちゃって赤坂さんに相談に乗ってもらったことがあったの。その時から、久実ちゃんのことを聞かせてもらっていたの。赤坂さんは心底久実ちゃんを好きなんだと思うよ」必死で私をつかまえてくれる。赤坂さんの気持ちだろう。痛いほどわかるのだ。なのに勇気がない。私は、意気地なしだ。でも、このままじゃいけないと思った。勇気を出さなければ前に進めないと心が定まった。
楽しく会話をしながら食事していた。食べ終えると、大樹さんは赤坂さんを連れて奥の部屋に行ってしまう。美羽さんが紅茶とクッキーを出してくれた。二人並んでソファーに座る。部屋にはゆったりとした音楽が流れていた。自然と気持ちがリラックスする。しばらく、他愛のない話をしていた。「赤ちゃんがいるの」お腹に手を添えて微笑んでいる美羽さん。まるで天使のようだ。「安定期になるまでまだ秘密にしてね」「はい……。あの、体調大丈夫ですか?」「うん。妊婦生活を楽しんでるの。過去にできた赤ちゃんが帰ってきた気がする」美羽さんは、過去の話をいろいろと聞かせてくれた。辛いことを乗り越えた二人だからこそ、今があるのだと思う。気さくで優しくてふんわりとしていて本当にいい人だ。紫藤さんは美羽さんを心から愛する理由がわかる気がする。私は心をすっかり開いていた。「赤坂さんのこと……好きじゃないの?」「え?」突然の質問に動揺しつつ、マグカップに口をつけた。「いい人だよね、赤坂さん。きついことも言うけど正しいから説得力もあるし」「……」「実は 夫と喧嘩したことがあってその時に説得してくれたのも 赤坂さんだったの」「 そうだったんですね」「二人は……記念日とかないの?」「記念日なんて、付き合ったりはしていないので」「はじめてあった日とか……。何年も前だから覚えてないよね」ごめんと言いながらくすっと笑う美羽さん。初めて赤坂さんに会った日のこと――。子どもだったのに鮮明に記憶が残っている。まさか、あの時は恋をしてしまうとは思わなかった。こんなにも、胸が苦しくなるほどに赤坂さんを愛している。「ねえ、果物言葉って、知ってる?」「くだものことば? 聞いたことないです……」「誕生花や花言葉みたいなものなの。果物言葉は、時期や外観のイメージ・味・性質をもとに作ったもので……。果物屋の仲間達が作ったんだって」「はぁ」美羽さんは突然何を言い出すのだろう。ぽかんとした表情を浮かべた。「あはは、ごめん。私フルーツメーカーで働いていたの。なにかあると果物言葉を見たりしてさ。基本は誕生日で見るんだろうけど……記念日とかで調べて見ると以外に面白いの」「そうなんですか……」「うん。大くんと付き合った日は十一月三日でね、誕生果は、りんご。相思相愛と書かれていて……。会わな
タクシーで向かうことになったが、堂々と二人で行くことが出来ないので別々に行く。大スターであることを忘れそうになるが、こういう時は痛感する。二人で堂々と出掛けられないのだ。……切ないな……。美羽さんは大樹さんと結婚するまでどうしていたのだろう。途中で手ぶらなのは申し訳ないと思いタクシーを降りた。デパートでお菓子を買うと、すぐに違うタクシーを拾って向かった。教えられた住所にあったのは、大きくて立派なマンションだった。おそるおそるチャイムを押す。『はい。あ、久実ちゃん。どーぞ』美羽さんの声が聞こえるとオートロックが開いた。どのエレベーターで行けばいいか、入口の地図を確認する。最上階に住んでいる大樹さん夫妻。さすがだなーと感心してしまう。エレベーターは上がっていくのがとても早かった。降りるとすぐにドアがあって、開けて待っていたのは美羽さんだった。「いらっしゃい」微笑まれると、つられて笑ってしまう。「突然、お邪魔してすみません。これ……つまらないものですが」「気を使わないで。さぁどうぞ」中に入ると広いリビングが目に入った。窓が大きくて太陽の日差しが注がれている。赤坂さんはソファーに座っていて、大樹さんは私に気がつくと近づいてきた。「ようこそ」「お邪魔します」「これ、頂いちゃったの」美羽さんが大樹さんに言う。「ありがとう。気を使わないでいいのに」美羽さんと同じことを言われた。さすが夫婦だなって思う。赤坂さんも近づいてきた。「遅いから心配しただろーが」「赤坂さん。ごめんなさい」「一言言えばいいのに」一人で不安だったから、赤坂さんに会えて安心する。「さぁランチにしましょう」テーブルにはご馳走が並んでいた。促されて座る。私と赤坂さんは隣に座った。「いただきます」「口に合うといいけど」まずはパスタを食べてみた。トマトソースがとっても美味しい。「美味しいです。美羽さん料理上手なんですね」「とんでもない。大くんと出会った頃はカレーライスすら作れなかったんだよ」「そう。困った子だったんだ」見つめ合って微笑む二人がとても羨ましい。いいなぁ。私も赤坂さんとこうやって過ごせたら幸せだろうなぁ。
「妹が置いていった服ならあるけど。サイズ合うかな」「勝手に借りていいのかな?」「心配なら聞いてやるか」スマホで電話をはじめる。「あ、舞? 久実に服貸していい?」『えー! 家にいるの? 泊まったってことは、えーなに? 付き合ってるとか~?』ボリュームが大きくて話している内容が聞こえてしまう。「付き合ってくれないけど、まぁ……お友達以上だよ。じゃあな」お友達以上だなんて、わざとらしい口調で言った赤坂さんは、得意げな顔をしている。「……じゃあ、お借りするね」黒のニットワンピース。着てみるとスカートが短めだった。ひざ上丈はあまり着たことがないから恥ずかしい……。着替えている様子をソファーに座って見ている。「見ないで」「部屋、狭いから仕方がないだろう」「芸能人でお金もあるんだから引っ越ししたらいいじゃない」「結婚する時……だな」その言葉にドキッとしたが、平然を装った。私と……ということじゃない。一般的なことを言っているのだ。メイクを済ませると赤坂さんは立ち上がって近づいてくる。見下ろされると顔が熱くなった。「可愛い。またやりたくなる……」両頬を押さえつけたと思ったら、キスをされる。吸いつかれるような激しさ。顔が離れる。赤坂さんの唇に色がうつってしまった。「久実……愛してる」……ついつい私もって言いそうになった。「せっかく 口紅塗ったのに汚れちゃったじゃないですか」 私はティッシュで彼の唇を拭った。 すると 私の手首をつかんで動きを止めてまた さらに深くキスをしてきた。「……ちょっ……んっ」「久実、好きって言えよ」「……時間だから行かなきゃ」
久実sideふんわりとした意識の中、目を覚ますとまだ朝方だった。今日は休みだからゆっくり眠っていたい。布団が気持ちよくてまどろんでいると、肌寒い気がした。裸のままで眠っている!そうだった……。また、赤坂さんに抱かれてしまったのだ。逃げればいいのに……逃げられなかった。私の中で赤坂さんを消そうと何度も思ったけど、そんなこと無理なのかもしれない。すやすや眠っている赤坂さんを見届けて、ベッドから抜けようとするとギュッとつかまれた。「どこ行くつもりだ」「帰る」「………もう少しだけ。いいだろ」あまりにも切ない声で言うから、抵抗できずに黙ってしまう。強引なことを言ったり、無理矢理色々したりするのに、どうして私は赤坂さんのことがこんなにも好きなのだろう……。もう少しだけ、赤坂さんの腕の中に黙って過ごすことにした。太陽がすっかり昇り切った頃、ふたたび目が覚めた。隣に赤坂さんはいない。どこに行ってしまったのだろう。自分のスマホを見るとお母さんから着信が入っていた。「……ああ、心配させちゃった……」メールを打つ。『友達と呑みに行くことになって、そのまま泊まっちゃった』メッセージを送っておいた。家に帰ったら何を言われるだろう……。恐ろしい。「おう、起きてたのか」赤坂さんはシャワーを浴びていたらしい。上半身裸でタオルを首にかけたスタイルでこちらに向かってきた。あれ……昨日は一人じゃ入れないって言ってたのに。なんだ、一人で入れるじゃない。強引というか、甘え上手というのか。私はついつい赤坂さんに流されてしまう。そんな赤坂さんのことが好きなのだけど、このままじゃいけないと反省した。「今日、休みだろ?」「……うん」「じゃあ、大樹の家行こう」「は?」唐突すぎる提案に驚いてしまう。「暇だったらおいでって連絡来たんだ。美羽ちゃんも久実に会いたがってるようだぞ」美羽さんの名前を出されたら断りづらくなる。優しい顔でおいでと言ってくれたからだ。「でも……服とかそのままだし……」「そこら辺で買ってくればいいだろ」「そんな無駄遣いだよ」まだベッドの上にいる私の隣に腰をかけた。そして自然と肩に手を回してくる。「ちょっと……近づかないで」「なんで?」答えに困ってうつむくと赤坂さんは立ち上がってタンスを開けた。